きもの永見着付け教室の太田です。
今どきの黒紋付事情を垣間見て、日本文化をこよなく愛する者(自称)として考えたくなりましたのでお付き合いくださいませ。
黒紋付とは
黒無地に五つ紋の入った着物です。
日本の衣服「着物」の中で、男女共に 【最礼装】 (第一礼装)とされています。
《最礼装の定義》
・洋装
慶事 | 弔事 | ||
男性 | 昼 | モーニングコート・ネクタイは黒とシルバーグレーの縞が正式 | モーニングコート・ネクタイは黒 |
夜 | テールコート(燕尾服)、タキシード | ||
女性 | 昼 |
カクテルドレス(光沢感のあるドレス・帽子・手袋) アフタヌーンドレス(柔らかい素材のあまり肌を露出しないワンピースやアンサンブル・帽子・手袋) |
黒喪服・ブラックフォーマル(透けない生地のワンピースかアンサンブル・黒手袋とパールのアクセサリーを。ヘッドドレス着用がプロトコール) 靴下・靴・バッグも黒で統一 |
夜 | イブニングドレス(肌を露出したエレガントなデザインに白い長手袋が正式・靴バッグは布製の装飾的なもの・宝石類は必須) |
・和装
慶事 | 弔事 | |
男性 |
黒紋付羽織袴(羽織紐・雪駄の鼻緒は白) |
黒紋付羽織袴(羽織紐・雪駄の鼻緒は黒が望ましい) |
女性 |
既婚女性=黒留袖比翼仕立てに錦の帯 (未婚女性は振袖) |
黒紋付着物に黒共帯(白衿・黒帯揚帯〆) |
黒紋付や黒留袖には、背中・両後袖・両胸と五つの家紋が入っています。
家紋のはなしはこちら
ドレスコードが【最礼装】(第一礼装とも呼ばれ、最も格式のある装い)の場合とは
慶事=婚礼
弔事=葬儀
が一般的ですね。
婚礼の黒留袖はこちら
葬儀の場合=参列者は準礼装、親族は最礼装で故人を送ります。
今回は最礼装に位置付けされ、喪服と呼ばれることが多い『黒五つ紋付着物』について考察します。
ここ数年、耳にするのが
「この頃、喪服(着物)着る人いないですよね。(だから自分も着ない)」とか
「喪服(着物)着ると大変そうだから黒の洋服にします」など、日本文化と着物が大好きな私には切ない言葉です。
そう言われる方々も実は黒紋付をお持ちの方です。
以下、「着物の喪服」をあえて「黒紋付」と呼びます。
世代背景もありますが、嫁入り支度として何はなくても黒紋付は必須の品でした。いつ着るか分からなくても、いざ着なければいけないときがやってきたとき、タンスに眠っていた黒紋付の出番となるのです。
ただ、必ずそこには「悲しみ」が伴いますので良い思い出となる方は少ないでしょう。
黒紋付の歴史
日本は明治維新で他国の文化を取り入れるまでは、着物が日常の衣服でした。着物と同様に文化・文明・宗教に至るまで日本独自のオリジナルがありました。日本の喪服は「白喪服」でした。
喪服として着用する着物が現在の黒になったのは明治政府の「欧米化政策」が進み、明治天皇ご逝去の後、皇室令で宮中参内の喪服として《きものは黒無地紋付・帯は黒》と指定されたことが大きいようです。欧米のプロトコールに従って黒に統一されたのですね。
※地方によっては現在でも白喪服のところがあります。
白から黒への変遷
婚礼衣装の白無垢やウエディングドレスを例に見ても、白という色は万国共通で『清らか』『神聖』などの意味を持っています。神道では「清め」の意味もあるように日本人にとって特別な色でした。
かつて日本女性は婚礼で着用した白無垢を大切に保管しておき、最愛の連れ合いを弔いで見送るときに袖を詰めて喪服としたそうです。最期は自分の死装束としました。
こんな記事がありました
民俗学者 大学教授の執筆より
紋を付ける意味
人は生まれると、生まれた家の姓を名乗りますね。同じように紋も受け継いで行くものです。ご自分の家紋をご存知ですか?
紋はお守り
最礼装の着物には五つ紋が入るとお話していますが、この五つの紋にはそれぞれ魔除けのお守りとしての意味があります。
背中(背紋) | ご先祖様 |
両胸(抱き紋) | ご両親 |
両後袖(袖紋) | ご兄弟・ご親戚 |
諸説あるかと思いますが、先祖代々受け継がれる家紋に意味が込められています。
五つ紋付きの着物を着るということは、これだけ守られているということなのです。
特に背中(背紋)は背守りと言われ、背後から近づく邪気や災いが背中から入ってくると考えられていたことから乳幼児を守るため子供の産着に刺繍を施す風習もありました。
「嫁入り仕度の着物に実家の紋を入れて嫁がせる」
ということには、 ご先祖様に守っていただける
と信じられていたからなのかもしれません。
黒紋付は葬儀だけ?
今では、「黒紋付」というより「喪服」と言ったほうが伝わりやすくなってしまいましたが、黒紋付は不祝儀のための着物ではありません。
かつては黒無地五つ紋付の着物に錦の帯をして、お祝いの席に出たものです。
(↑着付け教室の生徒さま)
実際、きもの永見の創業からの歴史を調べていたとき、日本髪に黒紋付き・錦の帯姿の女性が数人写っている写真がありました。大正時代の頃の写真でしたが、何かのお祝いの会の写真でした。
永見社長はじめ、私たち社員も「お客様には話しをしても実際を知ってるわけじゃなかったけど、こうして写真が出てくると間違いではないということが証明されたようだ。」と感慨深く見入ったものでした。
現在でも、卒業式の袴姿に黒五つ紋付を着用する学校が、かの有名な歌劇団ですね。
トップスターが退団公演の千秋楽で黒紋付き袴姿で大階段から降りてくるシーンは有名ですよね。
『正装であり盛装、どんな衣装にも負けない姿』と言われているそうです。
卒業を控えておられる方は、 「黒紋付に袴姿」
も選択肢にいれてみられてはいかがでしょうか。
着ないかも
以前から黒紋付をおすすめする際、「黒紋付は必要ですが、なかには一生着ずに済む人もあります。お幸せな方です。」とお伝えしておりました。
人生のうち着るか着ないか分からないものが必要だと言われてもしっくりこない方もあると思います。
また、「自分は両親から持たせてもらったけど着ていないし、娘に必要か分からない。」と言われる方もああります。
「娘には、自分の黒紋付を譲ります。」と言われる方もあり、それも一つの考えですのでお譲りになるために必要なメンテナンスなどご相談に応じることも増えました。
でも、お譲りになるときはご自身が送る方々を送られた後になさいますようにお願いいたします。
様々なご事情で洋装になさる方もあるかと思います。ご親族様は洋装にされるとしても最礼装を心がけて頂きたいです。
レンタルは?
一昔前は「喪服の貸し借りは、不幸も一緒に借りることになる」などといわれ、レンタルはお勧めしませんでした。しかし、時代も変り転勤が多い方や「ミニマム」などモノを持たない暮らしをされる方が増えていることも事実ですし、価値観も多様になりました。
いつ着るかわからないものに収納場所もお金もかけたくないという方もおられると思います。
「持ってないから着られない。」と、諦めてしまわれるよりはレンタルをされてでも黒紋付を着ていただくことをお勧めいたします。
服装は心を表します。大切な故人を送るお気持ちを最礼装の黒紋付を着ることで表して頂きたいです。
最後に
タンスにある(眠っている)着物には、ご両親の愛が詰まっています。その気持に気づかずして、「誰も着ていないから」とか「面倒だから」という理由で着物を着ないことは寂しくて残念なことと思います。
先人の思いを受け取って次世代にも繋いでいきたいと思います。
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written by A.OTA
きもの永見「美装流着付け教室」講師。 「着物でお出かけしてみたい」そんなあなたのお手伝いを致します。 着付け教室HP https://kimono-nagami.com/school/