江戸小紋とはどんなもの?職人さんに聞きました
江戸小紋を見たことはありますか?
その名の通り江戸で発展し、現代まで職人さんたちの間で、また着物を愛する方々の間で続いてきた江戸小紋。
今回は江戸小紋についてご紹介します。
目次
お話を聞いたのは職人・廣瀬雄一先生
今回、江戸小紋を特集するに当たり、廣瀬染工場の4代目・廣瀬雄一先生にお話を伺いました。
この投稿をInstagramで見る
日本工芸会正会員・廣瀬雄一
【略歴】
1978年 東京都新宿区に生まれる
2000年 シドニーオリンピック・ウインドサーフィン強化選手に
2001年 淑徳大学・国際コミュニケーション学部卒業
2002年 (有)廣瀬染工場入社
2014年 フランス・リヨン、MAISON・DES・CANUTSにて日本文化・江戸小紋染めの講演と実演
同年 第54回東日本伝統工芸展 入選
第61回日本伝統工芸展 入選
江戸小紋の特徴
着物がお好きな方ならもちろん、着物に詳しくない方でも響きには覚えがある「江戸小紋」という着物。
その最大の特徴と言えるのは「まるで無地のよう」といわれる緻密で繊細な一色染めの染模様です。
小紋と江戸小紋の違いとは
「小紋」とは、模様を一方向に繰り返し型染めした着物のことを指します。
小紋 は、縫い目を超えて柄がつながる訪問着などのフォーマル着物とは違い、柄を繋げず同じ柄が繰り返し染められています。
柄は大小あるものの一目見て分かる程度の大きさで、カジュアルなお出かけや柄付けによってはコンサートなど少しおしゃれな場に着ていきます。
一方で 江戸小紋 は同じ一方向の型染めではありますが、その柄は遠目に見ると無地のような極めて細かく小さな柄付けになっています。
その柄は、細かく繊細であるほど難易度が高く職人技とされます。
江戸小紋職人はまず柄を合わせやすい大柄から修行を始め、およそ10年もの時間をかけて江戸小紋の代名詞とも言える繊細な柄を染められるようになるのだそう。
また、江戸小紋は「小紋」とついていますが、柄付けや紋入れによってフォーマルな場面で着られることも特徴の一つです。
金糸銀糸の袋帯を締めることで、略礼装として入学式や卒業式などの式典に着ていただけます。
しっかりとフォーマル着物の役割を持たせるなら、一つ紋を入れるとよいでしょう。
▼家紋とは?
またもちろん、紋を入れずに名古屋帯などを締めて、カジュアルな街着としてもお使いいただけます。
シーンによって幅広く使い分けができる、汎用性が高い着物といえますね。
緻密な中にも違いが表れる様々な柄
江戸小紋の魅力の一つは、なんといっても極小の柄の細かさです。
近くで見ることで浮かび上がる柄たちは、小さくもさまざまな文様を描きます。
そんな江戸小紋はフォーマル、カジュアル、それぞれのシーンで活躍するのですが、柄付けによってより格調高く着ていただけるものがあります。
それが、小紋三役(または五役)といわれる柄です。
江戸小紋はもともと、江戸時代の武士の裃(かみしも)を柄染めしたことから始まったと言われています。
裃で使われる格の高い柄は定め小紋と呼ばれ、諸大名は「自藩の柄」と定めた柄を他藩や庶民が使うことを禁じていたといいます。
小紋三役点が扇状に集まって鮫の鱗のような模様になります。
堅い鮫の鱗を鎧に例え、魔除け・厄除けの意味を持ちます。
◉行儀(ぎょうぎ)
斜め45度に整然と並んだ点が特徴。
行儀良く並ぶさまと、45度が良いお辞儀の角度とされることから礼儀正しさ・礼を尽くすといった意味を持ちます。
◉角通し(かくとおし)
正方形の点が縦横垂直に規則正しく連なった柄です。
真っ直ぐ筋を通す、という意味を持ちます。
小紋五役小紋三役に「大小霰(だいしょうあられ)」、万筋などの「縞(しま)」の二つを加えると小紋五役となります。
この二柄は小紋三役に次ぐ格であるとされます。
庶民の間で作られた柄たち庶民の間では、四字熟語や慣用句、花・野菜などの生活に密着した柄など、遊び心のある図案を取り入れた江戸小紋も見られました。
現代でも、よりカジュアルな柄としてかわいい意匠の江戸小紋が作られています。
職人技で作られる伊勢型紙
江戸小紋を染め上げるためには「伊勢型紙」が不可欠です。
伊勢型紙とは
伊勢型紙とは、江戸小紋などの小紋柄をはじめ、浴衣や友禅などの柄や文様を染めるのに用いられる型紙です。
名前の通り伊勢、三重県鈴鹿市白子(しろこ)を本場として作られています。
その始まりには諸説ありますが、江戸時代、白子が紀州藩の天領となった時代に紀州藩の保護を受けて発展していったとされています。
奈良時代や平安時代からの始まりの伝説が数多く残る伊勢型紙は、「型紙」という一つの道具でありながら、千年余りの歴史を誇る伝統的工芸品でもあるのです。
伝統的工芸品とは?
伝統的工芸品の指定を受けるためには伝産法で定められた5つの要件を満たしている必要があり、現在は230品目あまりが登録されています。
▼伝統マーク(伝産マーク)とは?
伊勢型紙は、彫刻を施す紙にも技法が詰まっており、まずは和紙を3枚、向きを違えベニヤ状に張り合わせたものをさらに柿渋で貼り合わせ天日で干します。
そして乾燥した紙を一週間燻すことで伸縮しにくい焦げ茶色の紙になります。
さらにもう一度柿渋に浸し、天日や室内での乾燥、表面の点検をして、ようやく型紙を彫る土台の紙が完成します。
完成した土台の紙に図案の模様を彫っていきます。
この投稿をInstagramで見る
彫刻作業は同じ道具を使って彫っても、微妙な力加減で仕上がりに差が出てきます。
円状に彫る錐彫りなら1平方センチに100個、縞模様を彫る縞彫りなら1センチ幅に11本もの彫刻を施すこともあるんだとか。
まさにミリ単位の技術と高い集中力が求められる職人技です。
現代での伊勢型紙
江戸時代に大きく発展し、型売り業者で株仲間も結成された伊勢型紙。
明治時代には洋服などの近代化の波や、太平洋戦争での打撃を受けて一度需要が落ち込みます。
しかし太平洋戦争終結後には、高まった着物需要に応じて勢いを取り戻していきました。
今日では、幅広い世代の着物離れや新しい技術による型紙需要の低下で、型紙業者や技術を持った方が減っている現実があります。
そうした中でも、精密な手仕事でつくられた伊勢型紙を使って染められる江戸小紋は、他の染め物とは違う味と魅力のある着物として着物ファンの間で地位を確立しています。
江戸小紋のあゆみ
江戸小紋の始まりは、古くは室町時代に遡ると言われています。
室町~江戸 江戸小紋の起こりと発展
当初は着物に柄付けをするというより、武具の革の部分の染めや家紋を入れるために用いられていました。
江戸時代に入り武士の裃(かみしも)に染められるようになると、江戸小紋は広く知られ、また技術も発達していくことになります。
参勤交代などの際に、他藩との違いを象徴するために定め柄が生まれ始めたのも江戸時代初期ごろと言われています。
江戸時代中期になると町人などの庶民の間でも江戸小紋が広がっていき、武家で好まれた格式高い柄とは違う、庶民的で遊び心やとんちの効いた柄が生み出されていきました。
こういった庶民的な柄付けの江戸小紋は、現代でもカジュアル向きの江戸小紋として楽しまれています。
庶民の間でも目にするようになったとされる江戸小紋ですが、江戸時代に断続的に発令された奢侈(しゃし)禁止令によってその技術はさらに発展していくことになります。
奢侈(しゃし)禁止令とは
身分などによって衣服の材質に制限をしたり、派手な技法や装飾を使うことなどを禁止した。
日本のみならず、中世ヨーロッパでも似た内容の法律がたびたび発令された。
贅沢を禁じら派手な着物を着られなくなった人々は「遠くからは無地に見え、近づくと柄がある着物」という知恵で、どんどん細かい柄の着物を作っていきました。
この投稿をInstagramで見る
制限がかかった環境下での職人たちの限界への挑戦が、今日まで続く江戸小紋のごく緻密な型染めを作り上げていったのです。
昭和 「江戸小紋」名称の定まり
現在はきもの好きの間で当たり前に呼ばれる「江戸小紋」という名称ですが、意外にも昭和に入ってから定められた名称です。
明治以降、それまでの伝統を踏まえた一色染めに加え、細かい柄で多色染めをした型友禅も「小紋」と呼ばれるようになっていました。
1955年(昭和30年)、文化財保護委員会(現在の文化庁)が、「一色染めのの極緻密な型染め技法」を重要無形文化財に指定するにあたって、その他の小紋と区別するために用いられた名称が「江戸小紋」でした。
(前略)江戸小紋は、伝統的型染の基本的技法を伝えるものであり、かつ、職人の仕事が生みだす様式美が高度に発揮されたものとして芸術上価値が高く、また工芸史上特に重要な地位を占める技法と認められる。(後略)
同年、小宮康助が江戸小紋の重要無形文化財保持者、すなわち人間国宝に認定されたこともあわせて、江戸小紋の名称は広く世間に知られるようになったと言われています。
現代 感覚と技術の継承
室町時代の起こりから、江戸時代での発展、明治時代には洋装の波に押されながらも、現代まで連綿と続いてきた江戸小紋の技術。
着物としてはもちろん、江戸小紋をさらに広く知ってもらうべく、着物以外のものに江戸小紋の染めを施した新たな商品もたくさん生まれています。
今回、お話をお聞きした廣瀬染工場の廣瀬雄一先生も「comment?」というストールブランドを展開しています。
この投稿をInstagramで見る
江戸小紋の未来を見据え、日本だけでなく、世界にも「江戸小紋」を知ってもらうきっかけになれば、と「小紋」とフランス語で「いかが?」を表す「comment(コモン)」をかけた命名。
一枚一枚、手染めされた絹100%(あるいは絹50%、カシミヤ50%)のストールは、優しい肌触りと光の加減で表情を変える繊細さで人気です。
長い伝統のなかで磨かれてきた感覚と技術が、後継者たちによって確かに受け継がれていった結果、現代でより高い知名度を持って「江戸小紋ファン」を獲得しているのです。
▼きもの永見×廣瀬染工オリジナル草履
NAGAMI WEB SHOP
NAGAMI WEB SHOP
製作工程
江戸小紋が染め上がるまでのプロセスを大まかにまとめます。
1,型紙の手彫り
伊勢型紙の彫り師の仕事です。
江戸小紋の特徴の一つである緻密な柄を根気よく彫っていきます。
2,型付け
白生地に型を乗せ、ヘラで防染糊を置いていきます。
一反約13メートルの白生地に、縦が約30センチの型紙を送りながら防染します。
型紙の境目が分からないよう置き直し、極細柄を正確に糊置きしていく、江戸小紋のもっとも重要な部分です。
3,色糊の調合
白生地を染めるための色糊を調合します。
江戸小紋は一色染めが基本のため、色づくりは肝要になってきます。
一色に対して平均15色近くの染料を調合します。
4,しごき染め
型付けした白生地全体に、色糊を置いていきます。
生地の厚みや織り方によって微妙に力のかけ方が変わります。
色糊を置いたあとは、糊同士がくっついたり色移りしないよう、おがくずを乗せます。
5,蒸し
染料を発色させ、定着させるために蒸していきます。
廣瀬染工場では蒸し箱内の気流の動きと発色の関係を代々研究しており、4代目の今も改良が続いているそうです。
6,水元
蒸し終えた生地を水で洗い流し、防染糊やおがくずなどを落とします。
何度も丁寧にすすぐことで、柄と色がよりはっきり綺麗に発色するんだそう。
7,天日干し
この投稿をInstagramで見る
専用の機械で濡れた生地を脱水したあと、干し場で天日干しに。
乾かして初めて、本当の染め具合の結果が分かります。
職人技から生まれる粋の美・江戸小紋
江戸小紋という着物、技法は、幕府からの規制のもと発展してきました。
江戸小紋職人・廣瀬先生は「細かい柄だけでなく、色彩も当時(江戸時代)を表しています。」と語ってくださいました。
奢侈禁止令では時に、使用できる色までもが限られていたのです。
現代の江戸小紋は、江戸時代にはあり得なかった鮮やかな色がたくさん登場しています。
この投稿をInstagramで見る
廣瀬先生はこの「色」を大切にしておられます。
「染める色は[良い・悪い]ではなく[好きか嫌いか]かなんです。」
今の時代に江戸小紋を身にまとう人が「着たい」と思う色=好きな色が大切だといいます。
かつて時代に揉まれ磨かれてきた江戸小紋は、これからもまた、着る人に合わせて進んでいきます。
「私にとって江戸小紋とは、次の世代に繋げていかなくてはいけないもの。それはとても難しいですし、奥が深いです。」
「何が正解なのかは分かりません。自分が何を目指すのか、何が正解なのか、探していくことが大切だと思っています。」
NAGAMI WEB SHOP
CONTACT
written by ISHIKURA
歴史学科卒業後、地元の歴史ある企業・きもの永見で呉服の世界へ。 日々着物のことを学びながら皆様の「分からない」にお答えしていきます。