着物に興味のある方なら一度は聞いたことがある「友禅」。
その名前は江戸時代の扇絵師、宮崎友禅斎の名前に由来すると言われます。
友禅とは、絹の生地に筆で直接色付けをしていく染色技法です。
現在、日本3大友禅とされるのは東京の東京友禅(江戸友禅)、石川県金沢市を中心とする加賀友禅、そして京都を中心とする京友禅です。
前回記事では加賀友禅作家の菊田先生にお話をお聞きし、加賀友禅の魅力について伺いました。
▼加賀友禅について
今回は、日本3大友禅のなかでも最古の友禅「京友禅」と、京友禅に見られる技法の一つ「更紗(さらさ)」についてご紹介します。
目次
京友禅とは
京友禅の始まり
江戸時代、元禄年間の京都でうまれたとされる京友禅。その始まりは扇に絵を描く職人、扇絵師として当時人気が高かった宮崎友禅斎にあります。
京友禅が大きく広まるきっかけとなったのが、江戸幕府からたびたび出された奢侈(しゃし)禁止令だと言われています。贅沢を禁じ倹約に務めよというこのお達しによって、金紗や刺繍、絞りなどの豪華な着物が禁止されました。
そこで禁止されている技法ではない、華やかでありながら優美な染め着物「京友禅」が人々の間で広く知られるようになったといいます。
よく並べられる加賀友禅とは基本的な技法は同じ。はじめは京友禅で使われた「糸目糊」という防染の技術を、晩年の友禅斎が加賀に持ち帰ったことから加賀友禅が確立したとされます。
糸目糊とは
「糸目」とは、柄のふちに見える白い線のことです。
この糸目は友禅に共通する技法で、筆で彩色する際に滲んで色が移ってしまわないように糊を置く防染の技術なのです。
▲画像は加賀友禅。京友禅でも糸目の技術は同じ
糸目糊を置くことによって、本来色が滲んでしまうのでかなりの困難である筆を使っての繊細で緻密な染めを可能にしている、まさに友禅の根幹を支える職人技です。
京友禅の特徴
文様調の図案
京友禅の図案の特徴として花鳥風月や有職文様など、文様化された雅やかな柄づけがあります。
写実的な草花が描かれることが特徴で武家風の加賀友禅と比べると、宮中や公家風の意匠化された伝統的な図案や、更紗などの細かい文様が中心となっています。
多色使いの色彩
加賀友禅が「加賀五彩」といわれる5色を基調とするのに対し、京友禅には決まった基調の色は定まっていません。
彩色の際は職人独自の創造性・色彩感覚が特に重視され「同じものは二度と生まれない」と言われるほど、鮮やかで多くの色を使うのが特徴的です。
刺繍や箔を施す仕上がり
京友禅は緻密な染めだけでなく、仕上げに金銀の箔や、糸目の部分に金駒刺繍を施し、より華やかな雰囲気に仕上げます。
▲糸目の白い線を金に加工
江戸時代の奢侈禁止令でも刺繍や金紗が禁じられたように、京にはもともと刺繍などの技術が栄えていたため、友禅にもそういった技術が用いられ、豪華で金銀が映える着物になっていきました。
専門職が分業で制作
作業をほぼ一人で行う加賀友禅と大きく違う点が、この分業制です。
京友禅には約23もの作業工程がありますが、その全てを別々の専門の職人が担当しています。
それぞれ担当の工程の技術のみを磨いてきた専門職集団の手によって、京友禅は作られているのです。
京友禅(手描き友禅)の制作工程
本来は約23ある工程をおおまかにまとめます。
①企画考案(図案)
模様の配置や彩色のバランスを考えながら図案を起こします。
②引き染め
染色は重ねて染めたほうがより安定した深い色が出るため、まずは下染めを行います。
③下絵(絵付け)
はじめに起こした図案をもとに、生地に下絵を描いていきます。
これを絵付けと言い、水で簡単に落ちる性質を持つ青花液を使っています。
④糸目糊置き
下絵の線に沿って糸目糊を置きます。彩色の際に染料が滲まないように防染する大切な工程です。
糊の原料にはいくつか種類があり、もち米やぬかを原料とする糊や樹脂糊、最近ではゴム糊などを使うこともあります。
⑤糊伏せ
地色を染める際、柄の部分に色が入らないように柄の上から糊をかぶせるように置いていきます。
隙間があると染料が入り込んでしまうため、小さな隙間も見落とさず糊を伏せます。
▲柄を埋めるように糊で覆う
⑥引き染め(地染め)
柄の部分以外の地色を染めます。
色を均一に染めるために、まず豆汁(ごじる、大豆の絞り汁)とふのり(海藻)を混ぜ合わせた液を引き、乾いた生地に大きな刷毛でムラが出ないよう引きます。
染色に使う刷毛は色ごと、幅ごとに細かく別れており、職人はそれらを的確に使い分けながら地染めします。
⑦蒸し
地染めした地色をしっかりと定着させてきれいな発色を促すために、蒸す工程を行います。
約100℃の蒸気で20~50分蒸します。
⑧水元(友禅流し)
生地に残った余分な染料や伏糊を洗い落とすために水洗いします。
現在は環境保護の観点から室内の人工水流で行いますが、以前は「友禅流し」といって鴨川で行っていました。
⑨地入れ
模様部分の彩色をするにあたって染料を均一に浸透させるために、もう一度ふのりを引いていきます。
⑩彩色
糸目糊で防染された模様部分に色を入れます。
使う筆や刷毛は多岐にわたり、彩色はとても華やかで、重要な位置を占める行程だと言われています。
職人の色彩感覚が重視され、同じ形・模様であっても描く色の組み合わせによって全く違う表情を見せます。
⑪蒸し
模様部分の染料を定着・発色するため工程⑦を繰り返します。
⑫水元
余分な染料や糊を流すため工程⑧を繰り返します。
⑬金加工
染め上がった生地に、金銀の箔を接着するなどの加工をしていきます。
糸目の細い線に沿って箔や刺繍をするのは、息を止めて行うというほど緻密で緊張感のある作業です。
この金加工は京友禅独特の技術であり、より華やかな美しさを演出します。
⑭仕立て
最後に、生地幅を整えてから仕立て(縫い)をして完成です。
京友禅の様々な技法
◉手描き友禅でも糸目糊を使わず描く「無線友禅」
通常の手描き友禅のような防染の糊を引かないないため、難易度が高く熟練の技が必要となります。
◉柄が彫られた型を使って染めを行う「型友禅」
一色一型で染めるため、色の数だけ同じ型が必要になります。
一着の着物を染めるために何十枚~何百枚と型を使います。
型を彫るのも職人技で、彫師の数は現在とても少ないのだそう。
◉型染めを機械に託す「機械捺染(きかいなっせん)」
染色を機械でするため、色が均一に染まるのが特徴です。
柄の彫刻が施された捺染型というロールを染める色の数だけ用意し、図案通りに染まるようにセットします。
捺染型を色ズレなくセットするのには高い技術が必要となり、機械といえども職人の技が光る染めです。
ほかにも様々な技法があります。
次にご紹介する「更紗(さらさ)」も、広くは京友禅の技法の一つです。
更紗とは
「更紗(さらさ)」とは広い意味で、木綿の生地に多色を使って文様を染めた工芸技法のことです。
日本では、木綿生地の代わりに絹の生地に染めをすることもあります。
その起源は古代インドにあるとされており、日本で見る和更紗以外にも、世界各国で国々の特徴を加えた更紗が見られます。
更紗の起源
更紗の起こりは2000年以上前のインドに遡るとされています。
文明が栄えたインダス川の流域で更紗の生地の原料となる綿の栽培が行われ、正確な誕生の時代は分かっていないものの衣類や寺院の装飾などに使われていました。
時代が下るにつれ、更紗はシルクロードを通って諸外国へ輸出されるようになり、7世紀に建築されたエジプトの建造物からも更紗が発見されたといいます。
そんな更紗がさらなる転換を迎えるのが、大航海時代です。
ポルトガルの探検家バスコ・ダ・ガマがインドとヨーロッパの航路を発見したことで、インド更紗はヨーロッパ諸国でこぞって輸入されることとなり、さらなる広がりを見せていきます。
日本への伝来
ヨーロッパ諸国で人気を博した更紗が日本にも伝来したのは16世紀ごろ、安土桃山時代とされています。
輸入された当初は一部の力ある大名や豪商のみが知り、持つことができた高級品とされました。
というのも、それまでの日本には藍やウコンによる染色の技術はあっても、更紗のような「染めのみで緻密な柄を描く」技術はなかったからです。
それに加え当時の日本人を驚かせたのが、その色数の多さと鮮やかな発色でした。
植物などの自然染料だけでは色数に制限や発色に制限があった中、インドでは鉄やミョウバンといった現在では「媒染剤」とよばれる物で化学反応を起こして色素と繊維を結びつける技法を使って”美しく発色し、洗っても退色しない”染めをしていました。
まさに当時の日本にとって更紗は「染め文化の革命」と言えるものだったのです。
日本における更紗
日本でも高い人気を得た更紗ですが、江戸時代になっても16世紀から17世紀にかけて舶来した「古渡り更紗」は依然として高級品であり、庶民には手の届かないものでした。
そこで、古渡り更紗を模した日本製の更紗(和更紗)が作られるようになります。
和更紗で有名なものとしては鍋島更紗、天草更紗、堺更紗、江戸更紗、京更紗などが挙げられます。
なかでも京更紗は、図案起こしから絵付けまで手描きで行う手描き更紗として京都で栄えました。
水質が良く染色職人が多く住んだとされる堀川沿いで特に発展したため「堀川更紗」とも呼ばれます。
世界の更紗
インドで発祥し世界各国に輸出された更紗は、日本で和更紗が生まれたようにその国独自の特色を加え各国で作られるようになります。
有名なものでは、シャム更紗(現在のタイ)は自国で図案を起した後インドへ注文して染めたのが特徴とされた更紗です。
ほかにも中国更紗、イギリス更紗(チンツ)、フランス更紗やヨーロッパ更紗などが世界で生まれました。
そうした自国産の更紗の中でも、一つの技法として確立しているのがジャワ更紗(インドネシア、ジャワ島)です。
▼ジャワ更紗(バティック)とは
2009年10月2日にユネスコ無形文化遺産に認定されたジャワ更紗は、別名バティックとも呼ばれ、溶かしたロウを防染にするろうけつ染めという技法を使っています。
チャンチンという専用の道具を使い、蜜ロウで線や柄をつけていくのは日本で言う手描き友禅の糸目糊置きと同じく熟練の技術を必要とします。
チャンチンってどんな道具?
木製の持ち手の上は12センチ程度。
先に溶けた蜜ロウを入れるスプーンのような部分と、描くロウを出すための0.1~3センチほどの太さの管が備わっています。
今回、お話を伺った京友禅染匠の泉六先生もこのバティックのろうけつの技術に惚れ込んだひとりです。
先生はバティックのロウ防染を京都で染める「チャンチン染め 手描き更紗」を手掛けています。
チャンチンを使い1年以上かけてロウで柄を描いた後、京都に持ち帰って彩色を施すという工程をすべて手作業で行っているため、完成までに1年半という長い時間がかかります。
ですがその分、世界に一点しかない特別な作品に仕上がります。
泉六先生が語る、京友禅の魅力とは
京友禅 染匠 栗岡泉 経歴
昭和31年 兵庫県生まれ
日本大学芸術学部美術学科在学中の友禅染の図案制作をきっかけにこの世界に入る
大学卒業後、元・新匠工芸会 染色家 岩田福次郎氏に師事
後、㈱岡重 創案制作部責任者を経て常務取締役 友禅染を活かした斬新なアイデアで、ハンドバッグやスカーフ・ショールなどを商品化
現在、「京染泉六」主宰 京都手描友禅協同組合組合員 京都商工会議所染織部会員
平成7年~平成22年まで、日本染色作家協会理事長 5代田畑喜八 監修の元、祇園甲部「都をどり」の総をどり衣装制作に携わる
平成16年 京都商工会議所「Kyoto Style Cafe」東京/青山 スパイラルホール~染・織・繍の新たな提案「トラディショナル&モダン」~参加
平成24年 テレビ東京 ドラマ水曜ミステリー9「探偵作家・山村美紗シリーズ」主演 浅野ゆう子 衣装監修 着用衣装制作
平成26年 第62回伊勢神宮式年遷宮記念奉納・五穀豊穣稲穂文様卓飾
平成27年 芸術祭参加 南座特別講演衣装制作
染匠とは
前でもご紹介してきたとおり、京友禅は制作工程をそれぞれ専門の職人が担う分業制です。
染匠(せんしょう)とは、京友禅を制作するすべての工程を取り仕切り、統括する役割を担っています。
一つ一つの工程を経る都度に反物をチェックし次の工程へと受け渡していく、いわば総合プロデューサーのようななくてはならない役職が染匠です。
泉六先生が語る京友禅の魅力
今回は京都「都をどり」の総をどり衣装制作にも携わった京友禅の第一人者、栗岡泉六先生にお話を伺いました。
▼泉六先生は、京友禅の染匠をしておられます。
はい。
ご存知のとおり、京友禅はそれぞれの作業に職人がおり分業で作っていきます。
私は、本来分業で23ほどに分かれる作業の全てを経験してきました。
一つ一つ、その工程を担当する職人のもとで技術を学んできたからこそ、京友禅が出来ていく工程のすべてを把握して、総合的なプロデュースすることができると思っています。
▼泉六先生が思う京友禅の素敵なところはどこでしょうか?
「京染泉六」で作業をお願いしている職人さんは叙勲を受けたことがある方や、一級技能士の国家検定資格を持っている方など、本当の一流職人さんばかりです。
それは、京友禅という技法の着物は一人では絶対に作れない着物であることが、京友禅の素敵なところだと思っているからです。
私が作業工程の全てを経験して痛感したのは「工程に優劣はつけられない」ということでした。
たとえば「〇〇の工程が一番大事!」のようなことは絶対になくて、自分が受け持つ工程の技だけを極めてきた職人が、すべての工程にいます。
数十年に渡って研鑽を積んできた職人たちが、京友禅に必要な工程の人数だけ揃って初めて完成するのが京友禅。
「染めの総合美術」ともいえるところが魅力です。
CONTACT
written by ISHIKURA
歴史学科卒業後、地元の歴史ある企業・きもの永見で呉服の世界へ。 日々着物のことを学びながら皆様の「分からない」にお答えしていきます。