きもの愛好家なら一度は聞いたことのある「大島紬」。大島紬とは一体どこで生産され、どのような特徴のある着物なのでしょうか?
今回は大島紬の歴史、種類、柄、染め方など大島紬について徹底解説します。
目次
大島紬とは
大島紬とは、鹿児島県奄美大島、鹿児島市、宮崎県の都城市等で織られている絹織物です。
鹿児島県奄美大島が発祥の絹織物で、結城紬と並ぶ高級紬の代表です。光沢のあるしなやかな地風が特徴です。
明治以降に鹿児島でも作られていましたが、第二次大戦中に島民が鹿児島に疎開するとさらに生産されるようになり、現在では奄美大島と鹿児島市が主産地。一部、宮崎県の都城でも生産されています。
大島紬は着物によく使用され、「着物の女王」と言われています。「大島紬」は「ゴブラン織」(フランス)、「ペルシャ絨毯」(イラン)と並び、世界三大織物として認識されています。
国際的にもその魅力が伝わっている織物です。
大島紬と認定されるための項目
大島紬は限定された地域で織られている織物ですが、大島紬と認定されるにはさまざまな項目を満たしている必要があります。
・100%絹でできていること
大島紬の原料は100%絹でできている必要があります。絹は繭を乾燥させ糸を引き出し、いくつかの繭からほぐした糸を合わせて生糸が作られます。その工程の多さから高級品として扱われてきました。
100%絹でできている大島紬は古くから高級織物として人々に愛されてきました。絹100%の絹でできているので、柔らかく肌馴染みが良いです。また、夏に涼しく、冬は温かいというメリットがあります。
・平織りであること
大島紬は経糸と緯糸を交互に織っている「平織り(ひらおり)」という方法を使って、織られています。透け感が少なく、なめらかな感触、左右対称の模様が特徴的です。
・締機によって手作業で加工されていること
通常の織物は織の作業を一回しかありませんが、大島紬には二度織るタイミングが存在します。1回目の織りの際に使割れるのが締機(しめばた)という織機です。
大島紬の糸
昔の締機では糸を締めるのに力が必要だったため、男の仕事のイメージもありました。しかし、現在ではプレッサーがついているので女性でもできるようになりました。
・手機で織られていること
大島紬は伝統的な手機(てばた)を使って、縦と横の糸を合わせて織りあげてあります。現在では紬から布地を織る際には機械織が主流となっていますが、大島紬は一つひとつ丁寧に、手機を使って織られています。
縦と横の糸を合わせていくのは非常に緻密な作業です。手機を使う作業は熟練の技術が必要なため、ベテランの職人だけが行うことのできる作業です。そういった点でも、大島紬の希少価値が高くなっています。
・先染め手織りされていること
布地を染める際には、糸を先に染めて柄を出す「先染め」と生地を織ってから染める「後染め」という方法があります。大島紬は先に糸を染める先染めが用いられています。
また、大島紬は機械で自動で織るのではなく、人が手を使って織る「手織り」が定義づけられています。手織りは一日に織れる数が限られるため、希少価値が高いです。
大島紬の工程
ここでは、本場奄美大島紬の工程について説明します。
絣設計の図案を作成
デザインの原図を基に、使用する糸の密度に合わせて織物用の図案に書き換えます。いわゆる糸作りのための指示書ともいえます。
大島紬の図案は組織と密度に合わせた方眼紙に小さな「十字」をいくつも描いて作り、曲線も全て絣の点に置き換えられます。
整経と糊貼り
整経(せいけい)とは
整経し、糸をまとめたあとは糊貼りの工程を行います。同じ模様となる糸を束ねて、海藻(イギス)で糊付け、糊貼りをして固定していきます。
イギスとは
糸束同士が接着しないよう、糸束の張力が一定になるように乾燥させます。
これらの工程は、次の絣締めの準備にあたります。
絣締め
絣締め(かすりじめ)とは…糊貼りした糸を、図案に沿って模様部分を固く織り込む作業です。
大島紬最大の特徴である締め機に糸をかけ、図案どおりに木綿の糸できつく締め、絣筵(かすりむしろ)を織り上げます。固く織りこむ必要があるので、強い力が必要な作業です。
染織
地糸、絣筵を、二日間かけて煮出したテーチ木(車輪梅)の染料で約30回ほど、染めたり干したりを繰り返していきます。
▲タンニン酸をたっぷり含んだ茶褐色のテーチ木の染料。
▲テーチ木で染めた地糸と絣筵を鉄分を豊富に含んだ泥田で媒染しています。
テーチ木(車輪梅)とは
絣部分解き
染色後、織りの作業の前に糸の加工を行います。
織締めをしている綿糸を切り、絣を露出させる目破り、という作業工程です。
絣筵を丁寧に解いて、絣糸を取り出してから機にかけます。
これらの糸を設計通りに並べて機に立て付け、絣を合わせながら織ることによって大島紬の柄となっていきます。
製織(手織り)
1~2センチ織り進んでは機を止め、手に縫い針を持って絣のズレを修正します。
このように、数センチ織り上げては針で絣のわずかな狂いを調整する「絣調整」を繰り返しながら、1日10センチ程度織り進め、数ヶ月かけて織り上げます。
柄のメリハリがはっきり、くっきりと見えるようになると、また少し織り進めていくという気の遠くなるような作業です
織りあがったものを見るとこれまでの工程に影響したものが現れる場合もあります。気候や糊の具合、締機、染めを含め、すべての工程途中で影響したもの全てを巧みに調整しながら絣を合わせ、織り上げて完成します。
検査
織り上げられた本場奄美大島紬は、本場奄美大島紬協同組合で厳しい検査を受けます。検査の全てに合格すると、組合の証紙を貼ることが許され、全国各地へ向けて出荷されます。
検査項目とは?
長さ・織り幅・絣不揃い・色ムラ・織りキズ・量目不足など24項目にも及びます。
大島紬の特徴
大島紬の着物は100%絹で織られています。大島紬の重さは一反で450gほどなく軽く、着れば着るほど肌に馴染むことで知られています。
また、しわになりにくく、丈夫な作りが特徴です。その丈夫さから大島紬の着物は何十年も着られるといわれ、「一代目は親が、二代目は子が、三代目はおくるみに変えて赤ちゃんからいいものを」と言われるほどです。
大島紬には30~40もの作業工程が存在しますが、その中の「泥染め」という工程から、特有の黒く渋い色合いになります。「テーチ木(シャリンバイ)」という奄美大島特有の植物の煎汁液と鉄分を含む泥土によって、大島紬の色は作られています。
大島紬の多くは黒ですが、白い大島紬「白大島」というものもあります。
大島紬の柄
大島紬の伝統的な柄は、生活や地名などから考案されたものが数多くあります。その中でも代表的なものを写真つきで解説していきます。
「龍郷柄」(たつごうがら)
奄美大島を代表する龍郷柄は、奄美大島に生えるソテツとハブを元に幾何学模様で表現しています。龍郷柄は女性特有の柄で、大島紬を代表する柄です。
龍郷柄は江戸時代に薩摩藩に下った「薩摩大島を最も表現した大島紬を献上せよ」という命から生まれた図案で、金色のハブが月の光でソテツの歯に乗り移ろうとした美しさを図案化されたとされています。
その後、村人たちがさらに詳細に図案化し、1907年ごろにこの泥染め大島紬が作られていた村が「龍郷」という名前だったことから「龍郷柄」と名づけられました。
現在でも、熟練した職人しか織ることのできない柄です。
「秋名バラ柄」
秋名は奄美大島の地名で、バラは、ザルの方言です。シンプルな幾何学柄はコーディネートをしやすいことから人気の柄です。
「西郷柄」(さいごうがら)
西郷柄とは男物の最高峰の柄に付けられた伝統的な柄です。
遠目には無地のようでいて、近くで見ると奥行きの深い細やかな柄が見えます。
西郷柄は、西郷隆盛の名前を冠した柄です。薩摩藩を追われた西郷隆盛が、奄美大島で愛加那という機織り娘と結ばれたことが、由来のひとつとされています。
「亀甲柄」(きっこうがら)
亀の甲羅を表した亀甲柄は六角形を繋ぎ合わせたような模様です。男性の風格を一段と引き立てます。男性用の柄で、龍郷柄と同様に大島紬の代表的な柄です。
他の大島紬の柄
女性用の大島紬の柄は古典模様、幾何学模様、草花模様、更紗模様、モダンアートなど様々ながあります。
また、男性用の大島紬の柄は西郷柄、有馬柄、伝優柄、白雲柄、花ん華柄などが有名です。
大島紬の歴史
大島紬の着物は約1300年もの歴史を誇ると言われ、奈良時代(710~794年)に建設された東大寺正倉院の献物帳にも記録されているほどです。
661年には奄美でも大島紬にも使われているテーチ木染がはじめられたとされています。
1720年には紬着用禁止令が発令され、大島紬は真綿糸献上品として織られるようになりました。
明治時代初期から、大島紬が商品用に生産されるようになり1895年(明治28年)頃から、人々からの人気が高まりました。
大正時代初期には3万反ものの生産量だった大島紬でしたが、1921年(大正10年)には33万反もの大島紬が生産されるようになりました。
1927年(昭和2年)には大島紬の歴史上最高の35万反もの大島紬が生産されたと言われています。この後から合成染料が取り入れられ、泥藍大島や色大島、草木染大島など種類も豊富になりました。
しかし、1945年(昭和20年)になると第二次世界大戦のため、大島紬の生産の一切が停止されました。戦後1954年(昭和28年)になると紬組合改組「本場奄美大島紬協同組合」が設立され、 本格的に生産が再開されました。
2020年代以降の大島紬は着物だけでなく、財布やバッグなど洋服やネクタイ、マスクなどが作られています。
大島紬の染め方・種類
大島紬には天然染料による染色法と化学染料を使った染料方法があります。伝統的な大島紬は天然染料で染め、大島紬の中でもフォーマル着として着ることのできるもののほとんどが天然染料です。
近年では、化学染料を使う大島紬も増えてきています。化学染料を使って染めることで、天然染料を使ったときに比べて、色落ちを少しでも防ぐことができます。また、天然の染料では出せなかった色合いを出すことができます。
泥大島紬
奄美大島紬といえば、泥染めが特徴のひとつ。
泥大島紬は、テーチ木で染められた後、泥に漬け込んで染める「泥染め」という独自の染色方法を使って染められています。泥大島紬は泥に含まれる鉄分とテーチ木のタンニン酸が結合することによって、紬がしっかりとした黒色になり、また「烏の濡れ羽色」と言われる自然な光沢も生まれます。
泥大島紬は1度染めたら終わりという訳ではありません。泥大島紬は1テーチ木染めを20回行い、泥染めを1回を1工程とします。泥大島を完成させるにはこの工程を4回繰り返します。
▲漆黒の色を求めるには車輪梅で20回ほど染めては干して染めては干してを繰り返してその後泥田で媒染といった工程を繰り返す必要があります。
泥を使っているので、泥大島紬は自然に染め上がります。さらに、製造工程のうちに生地がだんだん柔らかくなるので、その着心地は最高だと言われています。
泥藍大島紬
泥藍大島紬を作る際には、テーチ木ではなく、植物藍を使用します。泥藍染めでは生地自体は黒色ですが、模様部分が藍特有の藍色を楽しむことができます。
草木染大島紬
泥染めでは泥で染める前にテーチ木で染めるという工程が行われますが、草木染ではテーチ木ではなく、別の天然の染料を使用します。
草木染大島紬は染料によっていろいろな色を出すことができます。矢車やタブの木、昼着、ウコン、福木、クチナシ、マングローブ、やまもも、小鮒草などさまざまな種類の草木が使われます。
正藍大島紬
伝統的な大島紬の泥染めではテーチ木で20回染めた後に泥を使って1回染めるという工程が4回あります。しかし、正藍染めを使った正藍大島紬には泥で染めるという部分はありません。植物の藍のみを使って染められます。
紬全体が正藍染めされている正藍大島紬には、古代染色純植物染の証紙がついています。
一部に正藍染めされている場合には純植物染の証紙はついていません。
白大島紬
白大島紬は白の糸に絣模様が入っていたり、先染めした絹糸を柄締めし、脱色してつくった絣糸を白生地に織りあげられたものです。
白大島紬は白泥染めという方法を用いて、使用されています。白大島紬の模様には化学染料が使われおり、天然素材だけではありません。
白泥染めは白薩摩という薩摩焼にも使われている特殊な泥を使っています。この泥は細かいため、細やかな模様が特徴的です。
色大島紬
色大島紬は、化学染料を使って様々な色を使う染料方法です。色大島紬はテーチ木染めないため、カラフルな着物になります。また、化学染料が使用されているため、様々な色や濃淡を着けることも可能ですし、色持ちもよいです。
その他の染料
薩摩土染は、大島紬の染料として九州各地の黄土、赤土、緑土、白土を用いたこれまでになかったタイプの大島紬の染め方です。
土で染めることで、泥染め同様に色だけでなく風合いが増し、着心地が良くなります。明るく落ち着いた色合いに、シンプルな絣柄が映えます。
大島紬の価値と証紙
熟練された職人だけが手織りで織る大島紬は大変貴重価値が高いです。ピーク時では30万反以上織られていましたが、現在では年に4000反程になってしまった大島紬。そのため現在の希少価値は大変高いです。
大島紬は数万円から高いもので、数十万円になります。高いものでは100円以上の値段がつくこともあります。証紙がついているものは、ついていないものよりも、さらに価値が高くなります。
証紙とは?
商標登録として大島紬に貼られている紙のことを「証紙」と呼びます。証紙は大島紬が生まれた産地によって証紙の種類も変わるため、証紙を確認すれば本物かどうか確認することができます。
経済産業省指定の伝統工業品として「伝統マーク」がついています。
本場奄美大島紬には、伝統マークの下に「本場奄美大島紬協同組合」と表記されています。
伝統マークについてはこちらの記事をご覧ください。
地球印は奄美大島
反物の織り口には赤い文字で「本場大島紬」と織り込んであり、この文字は「赤本場」と呼ばれています。また、本場奄美大島紬共同組合の検査に合格した反物には「地球マーク」が貼られています。
国旗印は鹿児島産
手織りの鹿児島産の青色の「旗印」と呼ばれる証紙が貼られています。鹿児島県で織られた本場大島紬の証紙の左上の横には「織絣」という捺印があります。
証紙がついているかどうかで、ニセモノかどうか判断できます。購入の際には注意するようにしましょう。
大島紬のコーディネート例
京都の石畳を思わせるような、シンプルで颯爽とした印象の大島紬。爽やかな白の帯でスタイリッシュにコーディネートされています。
二重総絣のこちらの大島紬は、エレガントな花柄をグラデーションで美しくまとめた斬新なデザインです。小花をちらした黒地の帯に、ほんのりピンクの差し色の帯揚げ・帯締めでまとめると女性らしくキュートな雰囲気になります。バッグなどの小物もピンクと白で柔らかくまとまっています。
演技のいいひょうたん柄を袖と裾模様に配したシックな大島紬。一度染めた糸を部分的に抜染して模様に立体感を持たせた訪問着です。帯や小物もトーンを落ち着かせて、都会的かつ個性的なおしゃれな雰囲気が醸し出されています。
経の総絣で矢鱈縞を表現された、さわやかなブルーの大島紬。片身代わりによろけ縞とぼかしがアクセントとなっていので、縞をいきになりすぎずに優しい印象で着用したい人にはぴったり。紅型染の同系色の帯を合わせると、スッキリとしたコーディネートでまとまります。
大島紬を楽しみましょう
今回は大島紬の歴史、種類、柄、染め方など大島紬について徹底解説しました。
大島紬は「100%絹であること」「平織であること」「締機によって手作業であること」「手機で織られていること」「先染め手織りされていること」という定義があります。
大島紬を織るには手織りで繊細な技術が必要なため、希少価値が高いです。職人の高齢化が問題視されていることからさらに希少価値が高まる可能性もあります。
着物に慣れてきたら、大島紬に挑戦してみるのはいかがでしょうか?ぜひ大島紬をお楽しみください。
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written by TAKAHASHI
文化学部卒業後、和文化に興味を持ち地元の歴史ある企業・きもの永見で呉服の世界へ。 日々着物のことを学びながら皆様の「分からない」にお答えしていきます。